Tottle & Son, Inc. Boston, Massachusetts

トトル・アンド・サン・インク マサチューセッツ州ボストン

https://www.brasshistory.net/Tottle%20History.pdf


TOTTLE & SON のマウスピースは一般にはほとんど知られていませんので、少し使用感を述べさせていただく。
Tromboneのマウスピース(写真5)についていえば、細管なのに内径も大きく一見Bass Trombone用のようだが、非常に鳴りが軽く、タンギングのコントロールもしやすい。リムからスロートまで滑り落ちてゆくような極端なV-Cupのためか、音色はまるで素っ気ない。Giardinelliや6HALなどを使ってきた方には一種の違和感を覚えることでしょう。慣れてしまうとカップの浅さからペダルトーン(W-Peddle)は容易だし、Hi-Notes(W-Hi-Bb)に関してもスロートの太さから全く抵抗がなく、また音が痩せることもない。素晴らしいの一言です。ただ個人的には慣れるのにかなり時間がかかった。


1897年 ピーター・ジョン・トトル(1878-1958)、5月にドイツのイムボーゼンからNYに移住(帰化証明書)
1900年 ボストン海軍工廠でUSSワバシュ号の火夫として働くトトル(国勢調査)。
1904年 トトル、オリーブ・ロジャースと結婚、マサチューセッツ州ベルモントで車掌として働く(結婚証明書)
1906年 トトル、まだベルモントにいる(息子ケネスの出生証明書)。
1908年 サマービル、ニューボーン通り25番地、定置機関士として働く(息子フロイドの出生証明書)。
1912年 3月5日帰化、職業はエンジニア(読みにくい)。
1914年 ピーターはマサチューセッツ州サマーヴィルのレキシントン・アヴェ47番地に住むミュージシャン、息子ウィリアム・ハミルトン・トトル(1914-1976)誕生(出生証明書)。
1918年 ピーターは同じ住所でまだミュージシャンである(息子Harold(1918-1991)の出生証明書)。
1920年 ピーターはオーケストラの音楽家、同じ住所(国勢調査)。
1925年 ピーター、「横に倒れないピストンバルブガイド」の特許1,547,272号を取得(譲渡先はベガ社)(写真1)。
* 1930年、Peterは楽器の製造マネージャー(Vega社)、異母弟のHarry DeBye(1895年生)は同居し楽器職人として働く、息子のFloyd(1908-1954)はオーケストラ音楽家(census)。

* 1931年 ベガ社を解雇されたピーターは、コロンバスアベニューで修理と小売りの音楽ビジネスを始める(The Mouthpiece, 1984)。

1940 ピーターは#47 Lexingtonにいる(写真8)、楽器店の経営者、息子のウィリアムとハロルドはオーケストラミュージシャン(国勢調査)、ピーターはチューナブルベルのトランペット変換と取り外し可能シャンクのマウスピースを開発(インターネット上の話)(写真はオークション販売から)[ボブヘルマシーから、ビルと知り合いだった1969年にチューナブルベルの変換をやっていたことを聞いた]。
1942年楽器店主、ボストン、コロンバスアベニュー137番(第二次世界大戦の徴兵制のため)
c1950 ピーターが引退し、息子のウィリアムがハンティントンアベニュー19番地に店を移す(1984年『The Mouthpiece』)。
1958 ピーター、12月24日死去、ケンブリッジに埋葬(FAG)
1959 Tottle & Son Inc, #19 Huntington, Wm H Tottle mgr (dir)
1961 Tottle & Son Inc, Wm pres, Ann Tottle vp, Loretta Tottle clerk, 楽器, #19 Huntington, バーリントンの家(ディレクトリ)
1963 Tottle & Son、ボストンのSt Botolph Street 56番地に移転、Musician's Unionビルの地下に(The Mouthpiece & Bob Osmun)(写真7)。
1965 Tottle & Son Inc, #56 St Botolph, 同じオーナー、Lorettaは現在会計と事務員(dir)。
1967年 ボブ・オスマンがビル(オスマン)のもとで働き始める。
1970 Tottle & Son Inc、1965年と同じ掲載です。
1976 ウィリアム(ビル)が10月27日に死去(写真6 1970年頃)、甥のビル・マゾッカが引き継ぐ;彼は機械工で職人だった(The Mouthpiece, 1984)[マゾッカの母メアリー(1923-1998)はウィリアム・トトルの妹である]。
1984 Mazzoccaが10月に事業を売却、Hemenway Stに位置する(The Mouthpiece, 1984)、マウスピース事業は後にRI州ProvidenceのLou d'Orioに売却、彼のデザインの基礎となる(Osmun Brass) 。
その他、インターネットから気になるメモを紹介します。
1. 3*トランペットカップはBach 1.5Cに似ている
2. P "バックボアはトランペット奏者のNat Paellaのためと言われている。
3. アルマンド・ギタルラは1951年から1979年までBSOで演奏し、トトル・マウスピースを使用し、また生徒に使用させていました。彼は3C*のカップを使用していた。(写真2)
4. Trombone 用は少数だけ作られた。(写真5)は細管用。 内径27mm スロート7.2mm スクリューリム かなり浅い。
















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